今回は僕が陸上競技と言うものを始めるまでの流れを自己紹介も含めて書きたいと思います。
いつもは競技力向上につながるような記事を書いていますが、今日は初めて自分について書いてみたいと思います。
自己紹介も深々としたことがなかったので、自己満足の部分もありますがお付き合い頂けたらと思います。
今回は小学校~高校1年生編です。
小学校はバスケと少林寺拳法
私は小さい頃は、50m走や鬼ごっこなどで並以上には走るのが速かったとは思いますが、バスケットボールプレイヤーでした。
全国大会へも出場し、小学生時代は地元のバスケットボール少年団チームで魂を燃やしました。
また、少林寺拳法もしており、これも県大会で優勝や準優勝など常勝でした。
↑自慢ではないです(ドヤ)
※少林寺拳法の蹴りの動作やバスケットボールのジャンプ動作は今考えると、陸上競技においてかなり優位に働いてくれてるのではないかと思っています。笑
小学4年生で小学校のクラブに入る
僕が陸上と出会ったのは小学4年生の時。
運動には自信があって、学校の運動会で、選抜リレーには毎年選出させれていたことをきっかけに4年生から小学校の放課後クラブ(ファイトクラブ)に入りました。
当時は走り幅跳びと100mという完全短距離ランナーでした。(私の県では小学生の駅伝と言うものはなく、ほぼみんな短距離でした。笑)
自信があったと言っても、県大会に出ると予選で可もなく不可もなくの走りをする、少し速い小学生レベルでした。
100mは14秒71、走り幅跳びは4m21
無難と言える記録。
中学2年までは野球部に〜
野球好きの父親の影響もあり、走るのも速く、肩も良かった僕は、中学ではバスケットボールを辞めて野球部へ入部しました。
ポジションは外野かピッチャー。父と小学校の時から野球の練習をかじっていたこともあり実力は周りに劣ることなくプレーしていました。
しかし、地元の中学が荒れていた事もあり、人間関係がチーム全体的にギクシャクしており、喧嘩で怪我をする事や、いじめなどもあり2年生の8月に退部しました。
中学2年の9月から再び陸上を始める
その頃の私は、野球部での本当にギスギスした人間関係が嫌で、仲がいい友達がいた。と言うシンプルな理由で陸上部に入りました。
正直、仲のいい友達がテニス部にいたなら、今テニスプレーヤーとして活躍している事でしょう。笑
種目は110mH.1500m.800m
今思えば意味のわからない組み合わせでした。笑
仲のいい友達は、みんなすごい選手ばかりで1500.800の県チャンピオンや上位入賞者でした。
僕自身はどの種目も大した結果は残せず、唯一残した結果は110mHで新人戦7位。
長距離種目では県大会にも進めないレベルでした。
中学ベスト
800m:2’12″97
1500m:4’37″65
3000m:11’04″08
3000mに関しては女子に負けてましたからね。泣
親の負担も考え1番強い公立高校へ進学
僕の出身高校は【高松工芸高校】です。当時県大会で駅伝は2位と公立高校の中ではトップの成績を収めている高校でした。
ただ家から1時間半かけて通学しないといけない距離にあり、通学はキツかったです。
顧問の先生は県内では有名で、女子駅伝の県代表の監督も務めていた方でしたので、胸を膨らませて入学式しました。
1年生のうちに学年県内トップに!
入学して向上心しかなかった私は、中学の頃以上に熱心に栄養の知識なども学び、練習に励みました。
それまで知らなかった貧血の知識なども得た事で、少し練習のしすぎによる貧血気味だったことを知りました。治療をして、パフォーマンスアップした事もあり練習の成果は面白いように出てきました。
2分12秒で入学した800mの記録は、わずか半年で2分1秒まで向上し、県内の1年生ではトップに躍り出ました。(まぁ小さい県なのでレベルが低かったのもありますが。。笑)
3000mに関しては、ランキングこそ大したことないものの、11分04秒から9分32秒までおおよそ1分半の記録向上を達成しました。
この頃の私は入学したら、「根本的な限界値をなくしてやろう。」と言う考えのもと、まずは毎日腹筋1000回を必ず行うようにしました。
しかし、6月に怪我をしてしまい走れない時間が出来、「これなら3000回も無理じゃない」と思い、その日から3000回を目標に休み時間〜毎日寝る前まであらゆる時間で腹筋運動をしました。
(嘘だと思う方もいると思いますが、これは完全にノンフィクションです。笑)
その成果もあり、2ヶ月の走れない期間を経た後でも2週間後にそれまでのベスト2分09秒を大幅に上回る、2分01秒を叩き出しました。
その時の写真です。(笑)
もうかれこれ7年前になりますね。
(ただ筋力はアップしたものの心肺機能は低下してたのでゴール後意識失って担架で運ばれましたけど。笑)
ここで私は体幹トレーニング(腹筋など)は確実に走力と関係すると確信。自らの無茶を貫いたお陰で、自分の中で1つの確信を得ることができました。
おかげで今でも、腹筋は記録につながると確信しているので続ける事ができています。
あの時あのような無茶な回数をこなして、信じれ無いような短期間での記録向上を体感していなかったら、、、
「腹筋なんてして、これ本当に走るの速くなるの?」
「コーチはやれって言うけどいつ効果でるかわからないし、暗中模索だな。。」
なんて考えになって、今ほど補強トレーニングの重要性をわかっていなかったと思いますね。
話は変わりますが、県内の公立高で1位の実力だっただけあり、先輩方も県チャンピオンや四国チャンピオンの方が沢山いました。
先輩方に練習面でも意識面でもいい影響を受けて速くなれた事は言うまでもないです。
本日はここまで。
次回〜天狗の鼻へし折られる!〜の巻
高校2年生〜大学1年生までを書きたいと思います。
本日もご愛読ありがとうございました。
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